その女に出会ったのは本屋のフロアでだった。ぎっしり詰まった書棚が林立する棚と棚との間に、回転式のラックが置かれていた。ラックのポケットには鮮やかなあるいは抑制の効いた様々な調子の手札大の絵が整然と陳列され、誰かが気まぐれでいいからスチールラックを回転させるのを辛抱強く待っていた。
この日、女と私の思惑は一致していた。私はポストカードを探しに来ており彼女は旅に出たがっていた。両者はスチールカゴの巡りに合わせて一瞬目くばせするだけでよかった。
彼女が私と共にいた時間は少なかった。私は求めたポストカードに用意していた文面をしたため、葉書に旅をさせるだけ必要な額面の切手を貼って近所のポストに投函した。彼女は旅に出たのだった。無事目的地に着いたのだろうか。その後のことは知らない。
ポストカードの彼女が手元から離れたのち、私は彼女のことが気になって仕方がなくなった。見紛うばかりの精緻な衣裳、漆黒の大きな瞳、うれいを帯びたその眼差し、そして意味ありげに携えた籐の手籠。
やがて私は彼女を見つける。彼女は外国の童話作家が手掛けた物語の登場人物だった。2度目に会った時、彼女は以前より少し悲しげに見えた。それは彼女の物語を私が知ってしまったからだろう。
冒頭のポストカードに出会ったのは、今年の1月下旬くらいだった。絵本にたどりついたのは夏6月あたりだったろうか。それで帰結だと思っていた。ところが旅にはつづきがあった。先般、彼女を生み出した作者である藤城清治さんの展覧会があると聞き及び、会場に足を運んだのだった。御年93歳にして日本を代表する美術作家のひとりである。個人的には酒びんの旅する話しはその少し引いた視点が人の運命を表現するにすぐれていると考える。そして藤城さんの絵は人生における喜びや悲しみといったものを一見クールに見えるあの眼差しの中に閉じ込めていると感じる。だから胸に迫り来るのだ。
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